2025年3月7日金曜日

ベルト無いがあ!

ベルト無いがあ!

#バングラデシュ #1990 #タイムスリップ #そら耳 #ご当地語 #hoshitoru

バングラデシュに住んでいたのは1989年から91年の2年間、ちょうどヨーロッパではベルリンの壁が崩壊してからソ連邦が解体されるまでの間、日本では高度経済成長が完成し、バブルの絶頂期に向かう時期だった。一方バングラデシュは、そんな世界の情勢にはお構いなく、十年一日、いや百年一日のごとく経済は停滞し,社会は閉塞していた。そんな世界で自家用車のオーナーになるのは当時のバングラデシュの庶民にとっては高嶺の花なのだが、私は日本車のオーナードライバーであった。といっても超中古のポンコツのダイハツシャレードを乗り回していただけだが、少なくとも私の車はフェンダーミラー付きではあった。なぜフェンダーミラー付きとわざわざ断るかと言えば、当時首都ダッカの町を走っていた車の、とくにタクシーのほぼ100%はフェンダーミラーがなかった。おそらく現地の中古者ディーラーが取り外して家庭用の鏡として売り飛ばしたか、運転手自らが自分の家の洗面台用に使っていたかのどちらかである。ちなみに運転席のバックミラーはついてはいるが、それは決まって明後日のほうを向いている。つまりダッカの運転手はミラーというものを見ないのだ。バングラデシュの車社会には独特の文化があって、日本とは全く違っているのだが、こんなバングラ話をするとたいていはホラ話と思われるに違いない。例えば、左右の指示灯を点滅させる、いわゆるハザードランプはバングラデシュでは直進の意思表示に使われる。また、クラクションは主に車道を平気で横切ろうとする歩行者を追い払うために使うのだが、もう一つの機能として、車が発信するときの掛け声代わりに用いられる。そのため、交差点で止まっていたすべての車が、信号が青になったとたんにハザードランプを点滅させながら、一斉にクラクションを鳴らすという現象が起こる。

ところで、現地の言葉であるバングラ語は日本語とは全く系統の異なるサンスクリット系の言語だが、たまたま日本語と類似している特徴もある。例えば語順は日本語と同様SOV(主語―目的語―動詞の順)だし、否定の助動詞は文末にーnaまたはーnaiをつける。例えば、「私はご飯を食べる」は”Ami(私)Bhats(飯)Kai(食べる)”だし、「私はベンガル語を話さない」は”Ami(私)Bangoli(ベンガル語)Bori(話す)Na(ない)”である。ついでにお茶はベンガル語でも”Cha”と言い、「お茶が無い」は”Cha(茶)Nai(無い)”だ。

ある日のこと、私のポンコツ車がモウレツ元気がないので、かかりつけの修理屋に持っていった。その修理屋は、わがポンコツ車のつるつるになっただるまタイヤがパンクするたびに何度も何度もゴムで穴を塞いで再生してくれたすご腕の職人だ。彼はその時、車のボンネットを開けたとたん、口をあんぐりとあけて「ベルト無いがあ!」と叫んだのだ。一瞬私はタイムスリップした心持ちになった。「え、ここはどこだっけ?たしか、日本ではないはずだが…。」しかし、そこはまぎれもなくバングラデシュのダッカだった。そのおっちゃんはまぎれもないベンガル語で”Beruto(ベルト=空冷のファンベルト)Nai(無い)Ga!(感嘆詞)”と言ったのだった。


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