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2025年11月11日火曜日

「お・も・て・な・し」は「あ・り・が・た・め・い・わ・く」?

 

#アメリカ #1980 #ネイティブvsノンネイティブ #ご当地語 #発音#HOSHI TORU

今を去ること四十余年、生まれて初めて飛行機に乗り、生まれて初めてアメリカの地を踏んだ時の思い出である。若いころは「自分は月にも行かないし、外国にも行かない」と決めていた私だったが、諸般の事情から単身アメリカ行きの飛行機に乗る羽目になった。だから、ロスアンジェルス国際空港に到着したときは、英語のネイティブスピーカーに対する警戒心、恐怖心がマックスであった。一応渡米前に英会話を習い、TOEFLの試験も受けたが、どうせ自分の英語が通じるわけはないと思っていた。さて空港で一念発起してレストランで食事をとろうと思ったとき、大きなスーツケースをコインロッカーに預けたいと思い、さらに一念発起して、空港職員の制服を着ている黒人男性をつかまえて「コインロッカーはどこか」と問うてみた。どうやら「コインロッカー」が通じなかったと見え、その黒人男性はこちらをじっと見たまま何も言わない。「ロッカー、ロッカー」と繰り返してみたが、相変わらずこちらをにらんだまま何も言わない。心なしかその目には英語の下手な東洋人に対する差別的な雰囲気が漂ってきたように感じた。しまいには彼は何も言わぬまま鼻をひくひくと動かし始めた。これは、おそらく差別的態度をとられているんだと思い、何とかこの場を立ち去ろうと思い始めたとき、かれは突然晴れやかな笑顔になり、“Ah, Locker!”と言って、丁寧に方角を示してくれた。自分では”rocker”でなく”locker”といったつもりだったのに・・・。その数日後、ある大学の学生寮のなかのカフェテリアでの事。「これをください」と何種類かあるランチプレートから料理を選んだ。そこにいた黒人男性のアルバイトらしきスタッフから、サラダはいるのか、ドレッシングはどれにするか、スープはどうだ、飲み物はどうするという、お決まりの質問攻めが来た。ほとんどは何とか切り抜けたが、一つだけ彼が何を言っているのかさっぱりわからないので、何度も聞き返した。相手は何やら「テイトウ、テイトウ」というような言葉を繰り返している。「テイトウって何だ?知らない単語だなあ」・・・。最後に彼は見事に抑揚をつけた声でゆっくりと” p’Tei-Toe ”のような発音をして、ケースの中にあるマッシュポテトを指し示した。今思えば、彼はpotatoの発音が聞き取れない外国人のために、言葉を強調して発音してくれたのだが、その強調の仕方が、あくまで英語のアクセントや抑揚を際立たせる方式だったために、残念なことに日本人の耳には、余計に分かりにくくなってしまったのだ。外国人にはっきりわかるようにと思って、ネイティブが考える強調の仕方は、あくまでその言語の音声体系の特徴を際立たせるので、ノンネイティブにとっては逆に「ありがた迷惑」なケースも多いのではないか。そう考えると、日本人がノンネイティブに対する思いやりから、言葉を区切って強調する「に・ん・じ・ん」とか「お・も・て・な・し」なんかも、日本語のノンネイティブには「ありがた迷惑」かもしれない。

2023年11月8日水曜日

まあ、いいや

 

#タイ #1997 #かん違い #ご当地語 #発音 #日本語ムズカシイ #HOSHI TORU

 

日本語教師ならだれでも経験があるだろうが、日本語コースの初級後半とか、中上級ぐらいになった学生から「日本語は難しい」とか「難しすぎる」とか、弱音とも抗議ともつかないコメントを聞かされることがある。時によっては初級の最初の段階から、そういうことを言ってくる学生がクラスに一人ぐらいいることもある。そうしたときにどういうリアクションをとるかは教師によっていろいろだと思うが、私の場合、おおむね「日本語が難しいんじゃなくて外国語はみんな難しいんだよ。あなたたちは日本語が難しいと思っているけれど、私から見れば○○語(学生の母語)のほうがずっと難しいと思うよ。私の○○語より、あなたの日本語のほうが100倍じょうずだよ。」というような答えでお茶を濁している。あるいは居直り方式をとって「難しいでしょ?だから勉強するんでしょ?簡単なら学校に来なくても一人で出来るでしょ?難しいから面白いんじゃないかな。」みたいな。実のところ、一番声を大にして言いたいのは「日本語が難しいだって?そんなの私のせいじゃないから」と言い放ってしまいたいのだが。

タイのバンコック郊外にあるタイ商工会議所大学と言う、比較的裕福な会社経営者の子女たちが多く通う大学の日本語学科で教えていた時がある。ある夏、普段の日本語専攻の学生ではなく、他学科の教養科目として日本語の短期コースを担当したことがある。ほとんどはゼロ初級の学生ばかりで、初日はお決まりの挨拶と自己紹介から入るはずだった。ところが出席をとり終わって、いざ授業にかかろうというところで、1人の男子学生が「先生、日本語は難しいですね。」と英語で話しかけてきた。ゼロ初級なので英語なのだが、その当時のタイでは英語でコミュニケーションの取れる学生はそれほど多くなかった。ゼロ初級なのになぜ日本語が難しいという判断ができるのか興味深かったが、私はとりあえず上に書いたような受け答えをして、早く授業に入ろうと若干苛ついていた。英語でやり取りをしているうちに、もう授業時間が15分以上過ぎてしまっていた。ほかの学生の手前もあり、このやりとりをもういい加減切り上げたかったのだ。そこで、彼はまだ何か言っていたが、私は「まあ、いいや。それでは、みなさん・・・。」と全員にむかって切り出した。すると、件の男子学生が、どうやらさらに食い下がってきた。今度はタイ語で「ヤーㇰ!ヤーㇰ!」と言っている。『ヤーㇰ』がタイ語で「むずかしい」の意味だということは知っていた。語末の小さい「ㇰ」はいわゆる内破音と言って、破裂音の「ク」と調音点は同じだが、息を外に出さず口の中で呑み込むように発音するので、外からは実際には聞こえない。

「そうか!」その時私は気が付いた。私が「まあいいや」と言ったのを彼はタイ語の「マイ ヤーㇰ」(「むずかしくない。」マイは否定の助動詞)と聞いたのだ。日本語の(関東語の)イントネーションで「まあいいや」と言うと、まさしくタイ語の、正しい声調の「マイ ヤーㇰ」の発音に聞こえてしまうのだ。

2023年10月24日火曜日

恐るべき鼻声リピート:パプアニューギニア大学の学生たち


#パプアニューギニア #1993年 #健康 #発音 #かん違い #日本語地球カフェ #みうらたかし

海外日本語教育学会提供YoTubeラジオ「にほんご地球カフェ」コートジボアール編で安高さんがお話になっていたことと似たような経験が私にもあったことを思い出しました。ちょこっと書いてみます。 

 ずいぶん前の話だが太平洋ニューギニア島の東半分にあるパプア・ニューギニアという国の、唯一の総合大学パプア・ニューギニア大学で日本語を教えていたことがある。日本から5000キロ余り離れたその島国での生活は短い紙面では語り切れない多くの逸話があるのだ、きょうはわたしの日本語教室で実際にあった忘れられない瞬間の話である。

 パプア・ニューギニア大学はもう一度言うが、私がいた当時はこの国唯一の総合大学であった。全国から選りすぐられた優秀な学生が集まっている。この国には言語が700もあるといわれていて、学生たちもみんな一人で4つも5つも言語を操る。自分の出身部族の言葉すなわち母語、学校教育はすべて英語で行われているので流暢な英語、山間部の共通語であるニューギニピジン、沿岸部の共通語であるモツ語、それに器用な人は母方の部族語や隣の部族のことばも話す人もいた。つまりもともと異なる言語を理解したり話したりするのはお手の物という感じだ。

 ある日わたしはひどい風邪にかかっていた。咳が出て鼻が詰まり少し体もだるかったのだが、なにせ日本語の教師はここには私一人である。無理をして授業に出た。教室に入れば元気な学生たちがいるのでいつもと変わらず授業した。

わたし:「はい、わたしの後からいってください。あしたオーストラリアへいきます。」

学生全員:「あしだ、オースドラリアへいきむあす。」

この瞬間わたしは何が起こったのか大変困惑した。学生たちのリピートが見事な鼻声だったのだ。それも全員同じようなきれいな鼻声で、「あしだ、オースドラリアへいきむあす。」

 そうか、わたしはひどい風邪で鼻が詰まっていたので、私のモデルがひどい鼻声だったのだ。それにしても、学生たちの耳の良さには感服だ。みんな語学の習得には慣れているとは思ったが、ここまで正確に音をまねることができるとは。

 その日はもう発話練習をすることはあきらめて、文化の話や文字の練習をすることにした。ここには日本語教師は私一人、在住の日本人も本当に少ない。つまり私の日本語が、日本語のすべてであるといっても過言ではないのだ。なにかしら肝に銘ずる出来事であった。

私の忘れられない瞬間!

 このブログは海外で日本語を教えたり、海外で日本語を学ぶ人たちと関わったことのある日本語教師の、現地での忘れられない瞬間を共有する場所です。 あの時、あの場所での、忘れられない瞬間、心から離れないエピソード、目に焼き付いた情景、人生の宝物のような永遠に止まった時間・・・etc.e...